横浜院長の柏です。ADHD治療薬についてのお話を続けます。ちょっと長いです(^_^;;。
前回、ドーパミンとノルアドレナリンという2つの神経伝達がADHD治療薬の主な作用点というお話をしました。この2つは兄弟みたいな近しい関係にあることもお話しましたね。
今回は、より本格的にこの2つの働きについてお話しますが、その前にちょっとノルアドレナリンの重要な歴史についてお話させてください。ノルアドレナリンは神経伝達物質、中枢で働く物質ですが、末梢、つまり体の方ではアドレナリンという物質が働きます。交感神経の働きを高める物質で、心拍数を増す、呼吸を荒くする、筋肉を緊張させる、など臨戦態勢を作ります。これがひどくなったものが、そう、パニック発作ですね。アドレナリン、ノルアドレナリンとこのあたりの言葉は皆さんも聞き覚えがあると思うのですが、実はアメリカではそうではないのです。アドレナリンは、1900年に高峰譲吉博士と上中啓三博士によって抽出されました。しかしアメリカの研究者エイベルは同じ物質にエピネフリンという名前をつけ、高峰博士たちが研究を盗んだという主張をします。のちに研究ノートの分析などからエイベルの主張は根拠がないことが明らかとなりますが、アメリカでは未だにエピネフリン、ノルエピネフリンという用語が使われています。ヨーロッパもかつてはそうだったようですが、最近では歴史的事実を踏まえ、アドレナリン、ノルアドレナリンが使われるようになってきているようです。私自身は、学生時代の生理学の講義で、日本人なら絶対にエピネフリンと言うな、という教授の教えを頑なに守っております。なので、日本人でエピネフリンとか使ってる奴見ると「オメー国賊かよ」と一人悪態をついているのです(^_^;;。
さてまた脱線しました。今日は、前頭前皮質におけるドーパミンとノルアドレナリンの働きについて確認し、ADHDの方で起こっていることを説明しましょう。
この図は、前頭前皮質の神経細胞を表しています(出典:ストール 精神薬理学エッセンシャルズ ただし、この本ではノルエピなんとか、とあかん表記がされていたので、図に手を加えました!!)。興奮性アミノ酸であるグルタミン酸のニューロンですが、VTA(腹側被蓋野)からやってくるドーパミンニューロンと、LC(青斑核)からやってくるノルアドレナリンニューロンが、このグルタミン酸ニューロンの調整を行っています。具体的には、ノルアドレナリンはシグナルを強め、ドーパミンはノイズを減らします。
お分かりでしょうか?ちょっとオーディオに例えてみましょう。小学生時代からクラシックを聴いていた変態少年の私は、当時オーディオにうるさかったのですが、それはアナログ時代ではオーディオの品質によって音質が大きく左右されたからであります。若い皆さんはもうデジタルオーディオしか聴いたことがない方も多いと思うのですが、デジタルでは雑音が問題になることはまずないですよね(マニアの方除く)。しかし、アナログ時代ですと、まずシャーというノイズが基本にあって(レコードでもそうですが、FM放送ではチューニングダイヤルをいじってノイズを最小限にする努力が…うわー書いてて懐かしい)、古いレコードかけるとブチブチ言うわと、それはまあ雑音との戦いであったわけです。そんなわけで、昔はS/N比(signal-noise ratio)、つまりシグナル(この場合サウンド)とノイズの比、というのが重要な数値だったんですね。前頭前皮質では、ノルアドレナリンはシグナルを強め、ドーパミンはノイズを弱める、という対の作用を有し、認知・認識能力の向上に貢献しているのです。ではADHDの脳ではどうなっているかといいますと、このノルアドレナリンやドーパミンの働きが不十分で、シグナルが弱かったりノイズが強かったりして、認知・認識能力の低下を招いている、というのが一つの仮説です。
こうした仮説をもとに、ADHDの治療…といいますか、ADHD特性を抱えた方々がいかにこの定型発達者有利な職場や家庭でうまく仕事をし、生活していくか。いろいろな工夫が必要となってきます。具体的には、
シグナルを強める:
・やるべきこと、ものを目につくところに置く
・タスクリストを大きく太い字で、目につくところに書き出す
・スマホ(あるいは一冊の手帳)ですべての予定を管理する
・スケジューラを活用し、アラームを鳴らして時間管理 など
ノイズを弱める:
・机の上を片付けて、タスクに関係ないものは見えないところに移す
・シンプルイズベスト…いらないものは捨てる
・一度に行うタスクはなるべくひとつに絞る
・他の人やものが目に入らないような机の配置、パーティション活用
・耳栓、イヤーマフ、ノイズキャンセリングイヤホン など
などなどの工夫がありうるかと思います。ADHDの外来診療って、こうした工夫の話し合いみたいなところが大きいんですね。いかにシンプルライフを実現していくか、そこが主要なテーマになります(ここまで書いて、今回のテーマはADHD治療薬について、ではなくADHDの治療について、のほうがベターだったな、と思いつつ、今回は(その2)なのでどうにもならんなと)。
次に、ADHD治療薬について考えてみましょう。上記の工夫を重ねて、それでも職場、学校、家庭などで問題が大きい場合、治療薬導入が次の選択肢となります。前回お話した成人で使用可能な3種類のお薬の薬理作用は以下の通りです。
略語:DA:ドーパミン NA:ノルアドレナリン DAT:ドーパミントランスポーター NAT:ノルアドレナリントランスポーター(これも、教科書や論文ではNETとしているものが多いですが、NATが正しいのだ!!)
コンサータ(メチルフェニデート徐放剤)
DA, NA再取り込み阻害作用(DAT, NATに作用、DA>NA)
前頭前皮質でDA, NAの働きを高める(DA>NA)。基底核領域でのDA, NAの働きを調節する(DA>NA)。
ストラテラ(アトモキセチン)
NA再取り込み阻害作用(NATに作用)
前頭前皮質でNA, DAの働きを高める(NA>DA)。基底核領域でのNAの働きを調節する。
インチュニブ(グアンファシン)
NAα2受容体作動薬
前頭前皮質でNAの働きを高める。基底核領域でのNAの働きを調節する。
ストラテラはちょっとトリッキーでして、前頭前皮質には DATがなく、ドーパミンはNATから再取り込みされることから、同部位でのみドーパミンを増やす働きがあるのです。
前頭前皮質では、コンサータは主にDA、ストラテラは主にNA、インチュニブはNAのみ、をそれぞれ増やす働きがあることがわかります。ということは、各薬物の働きとしては
コンサータ
ノイズを減らす。シグナルもやや強める。
ストラテラ
シグナルを強める。ノイズもやや減らす。
インチュニブ
シグナルを強める。ノイズには作用しない。
このあたりが、実際の薬の効き心地とも関係してくるのでしょう。例として、家族の生活音がうるさい自宅でテレワーク、zoom会議をしている場面を考えてみましょう。ADHD特性のある方だと、定型発達者と比べて生活音に邪魔されやすく、すぐに気が散ってしまい、会議の内容が頭に入りにくくなります。これが認知・認識能力の低下、ですね。まずは家族に静かにしてもらうとか、家の中の一番静かな場所に移るとか、できる対策を打ちます。しかしもう一つの方法として、ヘッドホンをつけてzoom会議をやる方法がありますよね。その際、ヘッドホンの音量を上げるのがシグナルを強める方法であり、ノイズキャンセリングをオンにするのがノイズを減らす方法なわけです。ストラテラ、インチュニブは前者の、コンサータは後者に似た働きをする、と言えばわかりやすいでしょうか?
視覚的な例もご紹介しましょう。Aの図で、ピカチュウに注目する場合を考えてみましょう。いかに牛丼たくさん食べたか分かる写真ですね(^_^;;(No.324参照)。まわりにもポケモンがいますが、注意をきちんと向けられればまわりのポケモンはそんなに目に入らず、ピカチュウにフォーカスすることができるのが定型発達者です。ADHD特性のある方では、ピカチュウを見ようとしてもなぜかウツドンに目がいってしまうのを止められない…そんなことが起こってしまいます。ストラテラ、インチュニブの効果はBの図。ターゲットとなるピカチュウが大きく浮き出して見えるようになります。それに対して、コンサータの法科はCの図。ピカチュウ自体は変わらないが、まわりのシグナルが弱くなることで相対的にピカチュウに注意が向けやすくなります。実際には、コンサータにはノルアドレナリンを、ストラテラにはドーパミンを強める効果もそれぞれ期待できるので、合わせ技でDの図のような効き方になる可能性もありますが、基本的にはBとCの違い、という認識でよいかと思います(この部分の記述は、テレサ会西川医院の林隆先生のご講演を参考にしました)。
まとめると、
コンサータ ノイズキャンセリングオン、背景が消える
ストラテラ、インチュニブ 音量アップ、見るものが飛び出す
こんな感じでしょうか。次回、実際の使用感についてお話してこの項を締めたいと思います。
今日の一曲は、まだ2回(No.286とNo.311)しかご紹介していない作曲家、ドビュッシーの小品「亜麻色の髪の乙女」です。ミケランジェリのピアノでどうぞ。300回以上やっているのに、まだまだ美しい曲がありますねぇ。ではまた。
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