横浜院長のひとりごと

横浜院長のひとりごと No.129 メランコリア

横浜院長の柏です。NHKのNext World、ご覧になりましたか。30年後の2045年には「脳の情報をコンピューターにそのままコピーすることで人間を肉体から解放し、デジタル空間で永遠に生き続ける」らしいですよ。No.127で提起した問題が、皆さんが生きているうちにも起こってくるかも、ですよ。
さて、うつ病の症状論を続けましょう。
実は一言でうつ病と言いましても、いろいろなタイプのうつ病の方がいらっしゃいます。一人一人違うと言っても過言ではないですが、専門的にはサブタイプと呼びまして、いくつかの特徴的なうつ病のパターンを抽出し、記載することになっています。DSM-5では、

・不安性の特徴を伴う
・混合性の特徴を伴う
・メランコリアの特徴を伴う
・非定型の特徴を伴う
・精神病性の特徴を伴う
・緊張病を伴う
・周産期発症
・季節型

DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル 医学書院 より引用)
の8つの特定用語(specifier)が取り上げられています。何だか難しい話になっちゃって恐縮ですが、うつ病の症状論、3番・4番をご説明するにあたり、「メランコリア」と「非定型」について知っていただくことが大切と考えますので、先にご説明します。今日はまず、メランコリアのお話しをしましょう。ちょっと難しいですがついてきて下さいね。
DSM-IV日本語訳では「メランコリー」という用語が使われていたのですが、なぜかDSM-5日本語訳では「メランコリア」になったんで、今日はこちらを採用しました。英語ではmelancholiaとmelancholyと両方あるので、まあどっちでもいいんですけどね。
メランコリアとは、古代ギリシャ・アラビア医学での四体液説に出てくる概念です。ヒポクラテスの時代、人間は血液、粘液、黄胆汁、黒胆汁の4つからできていると考えられ、すべての病気はこれらのバランスの乱れで起きると考えられていました。この黒胆汁が過剰な人を憂鬱質(メランコリア)と呼びます。ヒポクラテスはこれを「恐怖感と落胆が長く続く」ものと記載しました。歴史的には、うつ病が明確に記載されたものとして最初のものとなるようです。
近代精神医学の流れの中では、1917年にフロイトが著作「悲哀とメランコリー」の中で、愛する者や対象を失うことによる正常な悲哀に対して、病的プロセスとしてメランコリー(憂鬱)を定義しています。
これは、うつ病の中のうつ病と言えるでしょう。ここで、DSM-5におけるメランコリアの特徴の診断基準をご紹介しましょう。

メランコリアの特徴を伴う:

A.現在のエピソードの最も重症の期間に、以下のうち1つが存在する

1.すべての、またはほとんどすべての活動における喜びの喪失
2.普段快適である刺激に対する反応の消失(何かよいことが起こった場合にも、一時的にさえ、ずっとよい気分とならない)

B.以下のうち3つ(またはそれ以上):

1.はっきり他と区別できる性質の抑うつ気分があり、深い落胆、絶望、および/または陰鬱さ、またはいわゆる空虚感によって特徴付けられる
2.抑うつは決まって朝に悪化する。
3.早朝覚醒(すなわち、通常の起床時間より少なくとも2時間早い)
4.著しい精神運動焦燥または制止
5.有意の食欲不振または体重減少
6.過度または不適切な罪責感

DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル 医学書院 より引用)
あらゆる場合に喜びを感じられず、よいことがあっても気分が上がらない。前回お話しした1番と2番が常に存在する状態です。明確な日内変動(早くに目が覚めてしまい、朝が最悪)の存在は強い生物学的な背景(=内因性)を伺わせます。うつ病とはエネルギーの低下である、と前にお話ししましたが、それが最も明らかなのがこのメランコリアタイプといえます。
いずれお話ししようと思っていることですが、操作的診断基準DSMの導入前後で日本の診断学は大きな変化を来しました。とくに大きかったのが、うつ病の概念の拡大です。私は正統派ドイツ精神医学の流れを汲む東大精神科で1988年から研修を受けましたが、当時はうつ病=メランコリアでした。当時の診断基準で行くなら、今私がうつ病と診断する方の多くは、抑うつ神経症や不安神経症といった別の病名になると思われます。もちろん当時とは薬物療法、心理療法、社会的サポートなど格段の違いがありますので単純な比較はできません。診断は治療の侍女であって主人ではありません(臺弘による)。治療が最善となるための診断学を、われわれはまだまだ考えて行かなくてはいけないと思います。
さて、今日の一曲はACの盲導犬CMで小澤征爾が振っている、ベルリオーズの幻想交響曲から第2楽章「舞踏会」です。
若き日のオザワの映像を見つけました。現在と比べてみるのも乙なものですよ。ではまた。

コメント

  1. まねきねこ より:

    自分の脳の情報をコンピュータにコピーして永遠になんか生きたくないですね。それこそ後の世までも恥を残すとはこのことで(爆笑)。それにコンピュータになってしまったらおいしいものを食べる楽しみもなくなってしまうし、キレイな洋服を着たりメイクをしたりと言う楽しみもなくなってしまうようで。旅行に行ってもコンピュータじゃ温泉に入れないw!女性にとってはあまりありがたみがありませんね。しかもスマホになんかなったらトホホです。

  2. むぎママ より:

    私もまねきねこさん同様、自分の情報をデジタル化して永遠に生きるとか絶対嫌です・・・永遠に生きるとか想像しただけで怖さのほうが先にきますから。
    それこそデジタル化なんてしたら私の黒歴史から何から何まで人様に覗かれるリスクもあるだろうし、人の尊厳が踏みにじられるようなことが起き得そうで私は絶対したくないです(T_T)
    私という人生は1度きり(前世・来世とかはあるか不明瞭な部分なので置いといて・・・)、その人生にも限りがあるからこそ今を大事に生きられると思っているし、命に限りがあるのってそんなに悪いことなのかなあと思う今日このごろです。
    あ、でもこれ以上脳みそアホになる前に留めておけるって部分もありますか・・・でもやっぱり遠慮しときます(ノ∀`)

  3. 横浜院長 より:

    まねきねこさん、むぎママさん
    そうですよね、私もコンピュータ人間になるのはいやです(^_^;
    でも、ネットばかりしていると、ある日目が覚めたらそうなっていたりして(^_^;

  4. パハゲーナ より:

    「恐怖感と落胆が長く続く」とヒポクラテスが定義しているメランコリアですが、自分はまさに恐怖感と落胆を伴う環境に長く曝されて、メランコリアの症状の全てを満たす状態に陥りましたねェ(^◇^;)
    それは言葉では言い表すことのできない苦しみでしたね(;^_^A拗れに拗れ、院長先生を半ば恫喝して(笑)大学病院をご紹介いただいて、長い入院生活でしたがお陰さまで、回復軌道に乗ることができました。
    病気の回復には、入院治療が一番早いものなんだなぁ(^^)と、今でも速やかに入院手続きを取って下さった院長先生に感謝しています(^^)!

  5. 横浜院長 より:

    パパゲーナさん
    病棟は外来とはまた違った時間が流れていまして、人によって、またタイミングによって、入院が望ましい場合があるわけですね。パパゲーナさんの入院先は私の前職でもあり、なつかしく思い出しますが、今は外来の場でできることをやっていきたいと思います。