横浜院長の柏です。じつは別のテーマでNo.393を途中まで書いていたのですが、緊急案件のためそれは次回に回すことにしました。緊急案件は、とある元芸能人のSNS発信がもとで、発達障害に関して間違った知見が広まることに危惧を感じたことです。元芸能人の木下優樹菜さん(私は芸能人興味ないので、すみません知らないし顔にも見覚えないのですが…)がYouTubeでADHDであることを告白しました。
著名人が自らの発達障害なり精神障害なりを告白することは、特性や病気への偏見を減らし、世間の理解を深める可能性があることから意義があることだと思います。イーロン・マスクがASDを告白したり、ゆうこす氏が精神科通院を告白したのは記憶に新しいところです。ただ、今回一番の問題は、木下さんがYouTube内で語っている診断の仕方にあります。とあるクリニック名の入った資料を出し、そこには脳波検査だという色つきの図が出てきて、彼女の説明によると脳のここが働いていないとかなんとか…。なんか、もっともらしい検査結果とか出てくると、専門でない方にとってはそれは素晴らしい客観的な検査結果に見えてしまうのでしょう。しかし、実のところ脳波検査で発達障害の診断ができる、ということは世界中のどこの診断ガイドラインにも書いてありませんし、どこの学会もそういった表明はしておりません。
QEEGなどというとなんだか最先端の検査みたいに聞こえてしまいますが、通常の脳波を図面上に落として色付けするだけのことで、特別な検査でもなんでもありません。PubMed(世界的な医学論文データベース)で調べると、ADHDやASDで脳波を使った研究は多数行われていることがわかります。しかし、いずれもあくまでも研究レベルです。実際に臨床検査として診断のために使われるためには、十分な検証をへて最終的には厚生労働省のお墨付きが必要ですが、とてもその域には達しておりません。脳波検査は脳機能を調べるための大切な検査ですが、臨床場面で使われるのはてんかんなどの発作性疾患の鑑別、器質性脳疾患や脳機能低下の評価、睡眠の評価などに限られます。発達障害でも脳波検査を行うことはありますが、それはてんかん(とくに自閉症では合併率が高い)や器質性能疾患を除外するために行うのであって、発達障害そのものの診断や評価のためではありません。
大人の発達障害の診断は、それは地道な作業です。われわれは、アメリカ精神医学会の診断基準DSM-5に則って診断を行いますが、ASD, ADHDとも特徴的な症状が必要数満たされており、それぞれ発達早期に、そして12歳以前から、存在することが求められます。このため、本人からの丹念な聞き取りとともに第三者情報、本人の幼少期を知る親兄弟からの聞き取り(どうしても難しい場合はパートナーや友達、同僚や上司など)、通信簿や母子手帳、小さい頃の記録などの客観的情報を可能な限り集めることが求められます。なので、「当日診断可能」ということは、よほど典型的に症状がそろった方が親同伴で来院された場合などに限られます。こうした聞き取りと並行して行うのが心理検査です。当院では、基本的にASDにはAQ-Jを、ADHDでは自記式CAARSを基本検査として行い、複雑検査としてはWAIS-IVを採用しています。WAISとは基本的には知能検査でして、得られる最終結果はご存知IQです。発達障害の場合、下位項目から特性のために苦手となっている領域を知るために行うので、これは診断のためというよりは支援の方向性を探るために行います。ずいぶん前にNo.096でも書きましたが、よく発達障害の検査=WAISという誤解があり、WAISを希望して来院される方がありますが、WAISで診断はできませんのでご注意ください。
さらに問題なのは、その医療機関では上記方法で発達障害と「診断」した方に対して、その「治療」のためにrTMS (repetitive Transcranial Magnetic Stimulation;反復経頭蓋磁気刺激療法)を勧めてくるようです(同院を受診してこれを勧められ、高額なので断ったら「じゃあすることないね」と言われた、と当院に来られた方がありました)。rTMSはわれらが神奈川県立精神医療センターなどでがっつりやっている新しい治療法で、パルス磁場による誘導電流で特定部位の神経細胞を繰り返し刺激して、うつ病によるうつ症状を改善させる治療法です。現在、特定の条件を満たした医療機関でのみですが、うつ病に対しては保険適応もなされている正当な治療法です。これまでうつ病に対する非薬物・生物学的治療法としては修正型電気けいれん療法(mECT)がほぼ唯一効果が実証されたものであり、私も前職の東京医科歯科大学では日常的に難治うつ病の方に行っていました。mECTは高い効果がありますが、脳に電極から100Vの電流を流すという方法のため、入院して中央手術部にて全身麻酔下に行う(通常週に2−3回、計12回を目安に行います)なかなか手のかかる治療法です。rTMSは電流のかわりに磁場を用いることで、同様の効果をより簡便に得ることが期待されます(個人的にはmECTには及ばないが一定の効果は期待できると思います)。うつ病に対する保険適応の基準が厳しいことから、保険外でrTMSを行うクリニックも多くなってきていますが、玉石混交、なかにはプロトコルも怪しくぼったくりと思われるところもありますので注意が必要です。
アメリカFDAはうつ病に加えて強迫性障害についてもrTMSを認可していますが、発達障害を含めたそれ以外の疾患についてはまだ研究段階であり、世界中でそれを認可している国はないと思われます。昭和大学では右側頭頭頂接合部(rTPJ)に磁気刺激を与えることでASDにおける社会的行動の改善を示唆するデータを得ているなど、部位と刺激方法を工夫することで将来的には発達障害の領域においてもrTMSは治療法としての地位を確立する可能性は十分にあると思います。しかし、現時点ではrTMSがASDやADHDの主要症状を改善させるという十分なエビデンスはありません。なので、現時点でASDなりADHDといった発達障害の治療法としてrTMSが提案されるということは、まともな精神科医療機関であればありえないと考えてください。
今日のまとめです。
・発達障害は脳波(QEEGも同じ)では診断できない。
・発達障害がrTMSで治るという証拠は現時点ではない。
そういうことを謳っている医療機関があるとすれば、それは疑ってかかったほうがよいです。自費で高額であればなおのことです。皆様お気をつけください。がん治療もそうですが、標準的で現時点で効果が期待できることが証明されている治療法は保険適応となります。自費診療については正しい情報を集め、費用対効果をよく考えることを忘れないでください。
あと、これもつけておきましょう。
・WAISは支援のための検査で、発達障害の診断はこれではできない。
では今日の一曲。かのタイムボカンシリーズ史上に残る名曲、逆転イッパツマンから「嗚呼、逆転王・三冠王」です。No.193ではなぜか見つけそこねたんですが今回見つけました。山本正之の浪花節ロックをお楽しみください。ではまた。
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