横浜院長の柏です。始まりました、機界戦隊ゼンカイジャー。今後が楽しみですね(^_^)。さて、ようやく春の気配が少しずつ感じられる今日この頃、みなさまいかがお過ごしでしょうか。冬季うつの方が少しずつ元気を取り戻し、と思えば気圧の変化でやられる方も増えてきて、この季節は精神科医としても気を抜けない季節でもあります。以前もご紹介しましたが、気圧でやられてる方、頭痛〜るアプリはオススメです。ぜひお試しあれ。
では新薬紹介三連発、最終回はデエビゴです。デエビゴ… なんだかすげー名前だと思いません?もうちょっとなんとかならんかったのかと、処方箋に書くたびに思う柏先生でありました。デエビゴは、オレキシン受容体拮抗薬というグループに分類される、最も新しい睡眠薬です。デエビゴの説明に入る前に、まずは睡眠薬についてお話しましょう(最初にお断りしておきますが、思ったより話が長くなり、今回はデエビゴまでたどり着きませんでしたとさ(^_^;;)。
かつては睡眠薬というと怖い薬、というイメージがあったかと思うのですが、それはその昔のお話。明治の文豪の逸話として、芥川龍之介が斎藤茂吉に処方された睡眠薬をまとめてのんで自死したとか、坂口安吾も依存で入院したりとか、話に事欠かないわけですが、当時使われていた睡眠薬は主にバルビタール系のお薬、というか当時はそれしかなかったわけで、今はバルビタール系はフェノバール(フェノバルビタール;以下、括弧内は一般名)以外ほとんど使われることはないでしょう。そのフェノバールも、てんかんの発作抑制のためでして、最近はほかによい抗てんかん薬もたくさん発売されているので、重積発作時の注射で使うくらいでしょう(当院ではてんかん診療が少ないので、私が知らないだけかも知れませんが)。現代においてフェノバールを睡眠薬として使うことありえないですね。私が駆け出しの頃は、まだ病棟を中心にこの辺の薬も使われていまして、イソミタール(アモバルビタール)と、これはバルビタール系ではありませんが似た特性を持つブロバリン(ブロムワレリル尿素)と、いずれも粉薬ですがこれを混合してイソブロといって眠れない患者さんには約束処方として処方していたものです。バイト先で当直していると、看護婦さんから「◯◯さんイソブロいいですか?」と電話がかかってきたものでした。いや書いてて懐かしいな、これ。イソミタールはまた、解離が強い人への治療や精神分析の一手法として、イソミタール面接という技法に用いられていました。今はどうなのかな。ちょっとわからない。
なお、ちょっと前まで睡眠薬でベゲタミンというお薬があったのですが、そう、ベゲタミンAとBってやつね。これはコントミン(クロルプロマジン)という抗精神病薬とピレチア(プロメタジン)、それにフェノバールの3つを組み合わせた合剤で、強力な催眠作用を持ちます。ここにフェノバールが入っていたのが、私としてもバルビタール系処方の最後かなぁ。今はベゲタミンも発売中止となりました。
こうしたバルビタール系のお薬は、強力な催眠作用を持ちますが、芥川龍之介の例のように、たくさんのんでしまうと呼吸抑制など命に関わる事態に直結することがあります。そのために「睡眠薬はこわい薬だ」ということになったものと思われます。しかしその後、現在も主力で使われているベンゾジアゼピン系(以下、ベンゾ系と表記)の時代となり、大量服薬でも、リスクはゼロではありませんが命に関わることはかなり少なくなりました。
注:といって、たくさんのんでも大丈夫というものではまったくありませんので誤解なきよう。どんなタイプの睡眠薬でも、ある程度効くと認知能力が下がり、適切に身を守る行動が取れなくなることがあります。フラフラして階段から落ちたり、フラフラと外へ出ていってそこで寝込んでしまい、夜中に気温がぐっと下がって…などということはありえます。ご注意ください。
ベンゾ系睡眠薬は、寝付きの悪い人向けの超短時間型:ハルシオン(トリアゾラム)など、短時間型:レンドルミン(ブロチゾラム)などから、寝付き〜朝までカバーする中間型:サイレース(フルニトラゼパム)など、朝までしっかりカバーする長時間型:ドラール(クアゼパム)などまで、様々な種類があります。ベンゾ系といえば、抗不安薬としてもクロチアゼパム(リーゼ)、エチゾラム(デパス)、アルプラゾラム(ソラナックス)、ロフラゼプ酸エチル(メイラックス)など、様々な薬が使われています。
ベンゾ系の薬物は、切れ味良く睡眠を促し、不安を除去する非常に効果的な薬物ですが、欠点として常用量依存と呼ばれる現象が知られています。これは、保険診療で認可されている量を使っていても、人によっては依存が形成され、止めにくくなったり、同じ量で効果が薄れてより多い量が必要になったりする現象をいいます。アメリカなどではこれがすぐに訴訟となる状況が繰り返され、ほとんど処方されないor極短期に限定しての使用に限る、となっています。訴訟大国ならではの状況ではあるのですが、しかし世界的に見ても全世界で使われているベンゾ系薬物の多くが日本で使われているという事態があり、このあたりはリスク&ベネフィットをよく考えて使用していく必要があると思われます。とはいえ、不眠はあらゆる精神疾患の増悪因子であり、不安は放置するとうつ病やトラウマ関連障害など、より進んだ病態となることから、とくに急性期においてはベンゾ系の果たす役割はまだまだ大きいのが事実。一部ではわが国でもベンゾ系は使うな、という声もあるのですが、私はベンゾ系が必要な場合はある、と考えています。その場合、急性期がすぎて状態が安定に向かったら、なるべく早くベンゾ系は離脱していくことが大切となるのですが、一方でベンゾ系を継続使用することで安定を保てている方もおり、現実的運用としてはただやめればすむものでもないところが、難しいところです。
こうしたベンゾ系への警鐘もあり、新規薬物が2010年以降いくつか発売されています。ここでは、睡眠、覚醒と関係するホルモンであるメラトニンとオレキシンが注目されるに至っています。まずはメラトニン受容体作用薬として2010年にロゼレム(ラメルテオン)が、そして昨年2020年6月にメラトベル(メラトニン)が発売されました。メラトニンは、覚醒時にはほとんど出ず、夜間睡眠中に放出されるホルモンで、自然な睡眠を誘う効果があります。ロゼレムは、脳内でメラトニンが働く場所であるメラトニン受容体に、メラトニンの4倍の強さで結合することにより、自然な睡眠を促します。メラトニンそのものも、アメリカなどでは薬局やスーパーで普通にサプリとして売っている(時差ボケ対策など似)のですが、日本ではこれまで認可されていませんでした。そこで出てきたメラトベルは、上に書いた通りで実はメラトニンそのものです。これまで個人輸入で服用していた方々もいたものがようやく認可されたわけですが、実は今回は「小児の神経発達症に伴う入眠困難の改善」という保険適応になっておりまして、6歳〜15歳の小児で、発達障害と関連した入眠障害、という厳しい条件がついてしまいました。高校生以上や、定型発達の方には処方できないこととなります。
たしかに、発達障害を抱えたお子さんはASDにせよADHDにせよ生活リズムが狂いやすく、一番の適応だというのには同意しますが、もう少し適応を広げていただきたかった、というのが大人を中心に診ている医者のひとりごとです。
ロゼレムは、はまる人にはすごくはまって、自然に近い睡眠が取れて喜んでいただけるのですが、中にはまったく効かない、という人もいる、効き幅の広い薬です。ちなみに、私がよく存じ上げている睡眠診療の大家の先生は、1mg(1/8錠)を夕方4時に服用する、という約束処方がお気に入りでした。きっと重要な意味があるのだと思われます。薬局で1/8錠を作ってもらうのがなかなか大変ではあるのですが。
さて、次にくるのがオレキシン受容体作動薬で、デエビゴもここに入るのですが、ここまでの歴史で長くなってしまったので、本題は次回にいたしましょう。
では今日の一曲。ショパンのノクターンを続けます。No.119でヴァイオリン版をご紹介したままになっていた、第20番嬰ハ短調・遺作です。前にも書いたと思うけど、嬰ハ短調っていいですよねー。満を持して、No.119から6年4ヶ月ぶりに、元祖ピアノ版のご紹介です。こちらも前回に続いて、ユンディ・リのピアノでどうぞ。ではまた。
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