横浜院長の柏です。新型コロナウイルスに伴う緊急事態宣言を受けて、当院に通院されている方でも、在宅勤務(テレワーク)や在宅待機などの措置を受けている方が多数いらっしゃいます。皆さんの話を聞く中で考えることもありますが、もう少しまとまってから書くことにしたいと思います。
院内感染対策として、引き続き来院者の方々にもマスク着用をお願いしています。お忘れの方には、ペーパータオルと輪ゴムで作った簡易マスクをお渡ししています。本物のマスクをお渡しできればいいのですが、院内在庫数の問題がありますのでご了解下さい。また、接触感染リスクを下げるため、待合の雑誌、パンフレット類は撤去させていただきました。楽しみにしていた方には申し訳ありません。診察室も、医師と来院者の間にアクリル板の設置をはじめました。とりあえず第1診察室につきましたが、第2、第3診察室にも順次設置予定です(ハートクリニック全院で導入方向)。思ったよりは違和感なく診察できていると感じていますが、このソーシャルディスタンスと精神科でいう医師・患者間の距離感の関係についてはよく吟味していく必要がありそうです。写真は、1枚目が先日まで使っていたフェイスガード、2枚目が第1診察室に新設のアクリル板です。ちょっと見えにくいかな?机の手前側(患者さん側)全面を覆っています。
さて、発達障害の方が複雑性PTSDが起こす要因シリーズ、最終回はその5「親や近親者自身の発達特性、愛着課題の可能性」です。ちょっと刺激的なタイトルになっていますね。ここは「遺伝」という難しいテーマを扱うことになります。エビデンスを辿りつつ慎重に書いていきますね。
遺伝といいますと、例えば色盲はX染色体上に変異を起こした遺伝子座があり、それは劣性遺伝することが知られています。中学校でしたかね、理科でメンデル遺伝について勉強したことを思い出しましょう。性染色体は男性がXY、女性がXXなので男性の場合、その唯一のX染色体に色盲遺伝子変異があると自動的に色盲となります。女性の場合は、両方のXに揃わないとならないので男性に比べると色盲はずっと稀なんですね。余談ですが、三毛猫がほぼすべてメスなのも同様のメカニズムみたいです。
このように、一つの遺伝子が決定する病気を単一遺伝子疾患(メンデル遺伝病)と呼ばれます。メンデルの法則に従い、遺伝の様子がわかりやすいのが特徴ですね。しかし、精神疾患や発達障害ではこうした形をとるものはごくごく一部の遺伝病に限られ、そのほとんどは複数の遺伝子が関係する多因子遺伝の形をとります。またエピジェネティクスと呼ばれる後天的な遺伝子の変化や、さらには精神障害では生育環境、性格形成などの後天的な要素も関係してきます。発達障害の場合、後天的な要素は病態に影響はしますが、発症に関わる本質的な部分は先天性であり、育て方や生後の環境によってなるものではありません。かつて、母親の育て方が自閉症児を作るという「冷蔵庫マザー」説が唱えられたことがありましたが、現在は完全に否定されています。Wiśniowiecka-Kowalnikらによる2019年の総論によると、ASDを本態性ASDと症候性ASDに分けた場合(症候性ASDとは、先天異常、形態異常を伴うもの)、本態性ASD(全体の75%)では兄弟の35%にASDを認め、またその20%にはASDの家族歴がある。一卵性双生児の一致率は70-90%、二卵性ではせいぜい30%、一般に兄弟では3-19%で一致するとのこと(一般人口では1%程度なので、どれも高いですね)。血縁にASDが存在する者が~25-35%とのこと。ということで、3人から4人に1人は、血縁にASDを抱えた人がいることになります。
なお、受精前~出産時までの環境因子では一定の関連が認められているものがります。Modabberniaらによると、
関連が否定されたもの:
ワクチン、チメロサール(ワクチンに含まれる保存料)、母親の喫煙、生殖補助医療(体外受精など)
関連が認められたもの:
親の高年齢、出産時の外傷、虚血、低酸素症
弱いが関連が認められたもの:
母親の肥満、糖尿病、帝王切開
とあります。一卵性双生児で10-30%が一致しない理由は、出産時の併発症やエピジェネティックな変化と考えていいでしょうね。いまだにワクチンが自閉症を起こす、とか言っている人はトンデモですんでご承知のほど。
さて、発達障害診療に関わっていると、兄弟はもとより両親、祖父母などに同様の特性を認めることはしばしばあります。子供が健診で発達障害を指摘され、説明を聞いているうちに自分や配偶者に同様のものがあることに気づき、来院される方もよくあります。双極性障害、統合失調症などの精神疾患でも一定の割合で家族内集積を認めますが、発達障害の場合はより多い印象があります。上記総説では3人から4人に1人が血縁にASDを抱えた人がいるとのことでしたが、No.026やNo.270でふれたASWD(非障害自閉症スペクトラム)という概念を思い出してもらうとおわかりのように、特性としては一部認めるものの診断基準を満たさない、スペクトラムとしてはより色の薄い人たちというのがASDの方よりもたくさんいるわけでして(ASDが人口の1%ならASWDは10%内外、とみていいでしょう)、そこまで含めるともう少し高い割合で、家族にも特性を認めることになるのです。もちろん、まったく家系にそうした特性のある人がいない場合も多々ありますが、お父さんが仕事はできるけどちょっと変わっていて…という家庭もよくみるのです。
トラウマとの関連でこのことを考えてみると、そもそも発達障害を抱えた子供はNo.317でお話したとおり育てにくい、親の愛着が育ちにくい、という困難があるわけですが、親の側にも発達特性がある場合、自らも子供からのシグナルを捉えにくい、そのため相互通行的な育児ができにくい、といった状況が生まれやすくなります。遡ると、親も自分が子供の頃に自分の特性のために自分の親との間で愛着形成がうまくできなかったケースもあり、この場合親子愛着の問題が世代間連鎖してしまうことになります。
ここで大切なことは、前回と同じです。成人発達障害の方を支援していく場合、親サイドへの支援も並行して行う必要があることがしばしばあります。親もカルテを作ってもらい、積極的に直接支援をすることもあります。それぞれを丹念に支援することで道がひらけたケースは複数経験しています。しかし一方で、どうしても関係を作ることが難しい場合、福祉的手段を駆使してでも親から離れることが必要なこともあります。このあたりはケースバイケース、最適解を探していくことがわれわれ医師、スタッフに求められています。
ここまで、発達障害を抱えた方が複雑性PTSDをはじめとしたトラウマの問題を抱えるメカニズムについて、私なりの経験から5つの観点からまとめてみました。ご意見、ご感想などぜひお寄せくださいませ。
では今日の一曲。新型コロナウイルスで多大な感染者を出したイタリア・クレモナのマッジョーネ病院の屋根から、医療従事者や患者に向けて美しいヴァイオリンの響きが流れます。演奏しているのは横山令奈。曲はエンニオ・モリコーネで、映画「ミッション」のサウンドトラックから「ガブリエルのオーボエ」です。感動的な映像です。ではまた。
コメント