ちょっと間が空いてしまいました。先週末に国際自閉症カンファレンス東京2017なる会に演題を出していた関係で、ちょっとバタバタしておりました。
発達障害の研究は日進月歩、5年後10年後には概念も治療も一変しているのではないか、そう感じさせられた2日間でした。
さて、幻聴の話を続けましょう。前回お話した通り、幻聴は「不安、孤立、過労、不眠」といった条件が重なることにより、統合失調症の方でなくても経験することはあります。つまり、幻聴だけでは「疾患特異的(その病気だけに見られる)」とは言えません。では、幻聴がある、という場合に統合失調症かどうかはどうやって鑑別診断していくのでしょうか?そこでヒントになるのが「シュナイダーの一級症状」と呼ばれる、Kurt Schneiderの唱えた統合失調症に特徴的とされる症状群で、以下の8項目からなります。
1)考想化声
2)話しかけと応答の形の幻聴
3)自己の行為に随伴して口出しをする形の幻聴
4)身体への影響体験
5)思考奪取やその他思考領域での影響体験
6)考想伝播
7)妄想知覚
8)感情や衝動や意志の領域に表れるその他のさせられ体験・影響体験
もちろん、これがあれば統合失調症であるとか、なければそうではないとかいうものではありません。あくまでも参考とするためのものですが、いずれも「自我障害」と関連した症状であることが特徴的です。No.232でお話した考想化声や考想伝播もありますね。
この中で、「問いかけと応答の形の幻聴」「自己の行為に随伴して口出しをする形の幻聴」の二つが”統合失調症に特徴的”とされる幻聴です。
前者は、自分が問いかけると答えてくれる、と誤解されやすいのですがそうではなく、登場人物が(本人以外に)二人以上いて、その人たちが「こいつ馬鹿だな、ハハハ」「そうだよな、ハハハ」などと幻聴同士で会話をしているというものです。本人のことについてネガティブな会話をしていることも多く、とてもつらい体験症状です。後者は、何かしようとするとそれに対していちいち何か口を出してくるというもので、「会社へ行くのか」「その電車はやめたほうがいいぞ」などと大変鬱陶しい症状です。どちらも、患者本人の思考・感情・行動に直接介入してくる(=本人の自我そのものへの介入)ことが多く、それが統合失調症の本体に近いことを意味します。両者が重複することも多く、「お、会社へ行こうとしているぞ」「またいじめられるぞ」「そうだ、いじめだ、いじめだ」などと大変つらい症状となります。
前回お話した通り、幻聴は実は自分の心の奥底の声です。会社へ行くことへの不安、いじめられるのではないかという恐怖、孤独感、そうしたものが「幻聴」という形をとって体現化されているのです。そのように考えれば、幻聴とは正体不明の怖ろしいものではなく、「不安、孤立、過労、不眠」に苛まれた自分の心の叫び声であり、距離をとって聞くことができるのではないでしょうか。
正体不明の声に巻き込まれることなく、一定の距離を取り、自分の心の声として「幻聴さん」とうまくつきあっていく…そうなっていけば、治りもよくなるというものです。
では、今日の一曲。時折、無性に聞きたくなるのがチャイコフスキーです。
今日は定番中の定番、バレエ組曲「くるみ割り人形」から花のワルツを、バレンボイム指揮ベルリン・フィルの演奏でどうぞ。ではまた。
コメント
国際自閉症カンファレンス東京2017、今後どのような治療ができるようになるのでしょうか。いわゆるアスペルガーにも有効な薬なども期待できるのでしょうか。日進月歩、どういう方向に向かっているのかという情報を得られると希望がもてます。
Anonymousさん
アスペルガー障害に対しては、いずれも国内の研究者ですが
・オキシトシンホルモン投与の研究も前進
・rTMS(磁気刺激)を脳の特定部位に与えることで、その部位の活動を活性化したり抑制することができる→これを応用して症状改善をはかる
・小児の発達早期段階での薬物療法が予後を改善する可能性
といったところを興味深く聞きました。楽しみですね。
たくさんの病気がある中、アスペルガー障害の原因解明、治療法を研究して下さる方々がいらっしゃること、そしてそれが臨床に向けて進んでいることを知り、ありがたく嬉しく思います。 日々の研究に頭が下がります。遠くない将来に患者自身の認知と努力だけではなく、障害と上手くつきあっていく上で大きな力になる術がひとつでも多く見つかることを希望を持って待っています。
先生にお聞きしたいのですが、アスペルガーに伴う鬱というのは、一般的なうつ病とは治療法は異なるのでしょうか?
「うつ」状態というのは非特異的な状態で、どんな病気にもかぶりうるものです。なので、ご質問がアスペルガー症候群(自閉スペクトラム症=ASD)の方で「うつ病」の診断基準を満たす状態にある方、という意味として回答します。
基本的には、ASDでもADHDでも、うつ病であれば抗うつ薬を柱とした定型的な治療を行うことは変わりありません。しかし、発達障害の場合そうした独特の認知をベースにうつ病が展開している場合が多いことから、平行してその点での心理教育を十分に行うことが重要です。
また、ASDの方の場合知覚過敏を有する方があり、薬に対しても極端に敏感なことがあります。市の場合、きわめて少量からはじめるなどの治療上の工夫が必要です。