横浜院長のひとりごと

横浜院長のひとりごと No.146 うつの8割にくすりは無意味?

横浜院長の柏です。いろいろ忙しくて更新が滞っておりますm(_ _)m
hitorigoto-146a.jpg雨の中、今日は1万8千歩歩いてついにingressもレベル10に到達。そこそこ上級者の仲間入り?でしょうか。皆さんも国土緑化よろしくお願いしますね(^_^)。今回は今日の一曲から参ります。ここのところ、練習曲シリーズでピアノの難曲続きとなっておりますので、極めつけの難曲と行きましょうか。ラヴェル作曲「夜のガスパール」から「スカルボ」です。マルタ・アルゲリッチのピアノでどうぞ。


では本題です。うつ病の治療におけるくすりの必要性について話をしておりますが、ちょうどそんな最中、先週のAERAの広告に”好景気うつ「100万人」時代””抗うつ薬に頼らない”といった言葉が踊っていました。私は子どもの頃からずっと朝日新聞を購読しておりますが、やめてやろうと思うのはこういう時ですね。最初の記事「抗うつ薬に頼らない」では、「8割の患者に無意味」「製薬会社の販売戦略」といった語句が並びます。ついで畳みかけるように、「20代女性はなぜ死を選んだか」という題で、残念ながら治療中に自死を遂げられた二人の女性について書かれています。ここまでを読むと、「ああ、製薬会社が儲けるために、本当は8割の人は意味がないのにくすりをのまされているんだ、さらにくすりをのんだがために具合が悪くなって死を選んだ人までいる、やはりくすりなんかのまない方がいいんだ」・・・こう考えるのが普通であり、当然AERA編集部もそうなることを予想して(望んで)この記事から始めているとしか思えないわけです。
その後は、「仕事増え人増えず 働き盛りに増えるうつ病」が続き、「薬と併用できる最新療法」(あれ、なんで「薬にかわる」って書かないのかな?ちょっとズルくないですか)として、当院も取り入れている認知行動療法からはじまり、磁気刺激療法(精神医療センターの中村先生が出ています!)、栄養指導療法、漢方薬(私も必要に応じて併用します)、鍼灸が紹介されています(この項目は内容はまとも)。・・・かと思うと、次の丸岡いずみさんの体験談ではくすりの重要性が語られている、とどうにも整合性のない特集記事です。
さて、こういう記事が出ることによって、本来くすりが必要な方が服用を拒否され、治るはずのうつが治らなくなることを私は大変心配しています。
そのため、今日はこのAERAの記事内容に私なりに反論してみたいと思います。
まず、「8割の患者に無意味」この根拠として、2012年の論文でNNT=5であること(治療の目的に達するために必要な患者数。5人治療してはじめて、1人目的に達するということ)をあげています。5人に1人しか目標に達しないから、8割には無意味とのこと。さあ、どこがミスリーディングでしょうか。ちょっと考えてみましょう。対象がこの論文だとすると、組み入れはHDRS(ハミルトンうつ病尺度)が23点未満の軽症例で、6-12週間でHDRSが7点以下(寛解)となったものを効果ありとしています。臨床試験というのはそんなに長期間できませんので、たいていこのように短期間でのスタディとなります。しかしみなさん覚えていますか?No.115でもふれましたが、うつ病というのは治療に反応するまでに1週間から1ヶ月、寛解(負担のない生活では症状が出ない)まで3ヶ月、回復(もとの生活でも症状が出ない)には1年かかる病気です。寛解をHDRS7点以下というのもかなりアバウトではありますが、それにしても6-12週間という期間は短いです。12週間でギリギリ3ヶ月ですが、6週間では1ヶ月半で、ようやく治療の効果が上がり始めている、というところです。寛解レベル、で考えると12週間以降にそこに到達する人も相当数あります。また、スタディでは当然ながら薬物は固定して試験しているはずですが、通常の外来では長くて6-8週間、様子を見て効果が十分でなければくすりを変えたり、非定型抗精神病薬などの付加薬を追加するなどの方法を取り、これによってはじめて寛解に至る方も十分数あります。単剤6-12週間なら寛解20%はそうかも知れません。しかし、私の経験では「半年後に評価、薬物の変更・組み合わせあり」といったより現実に即した条件でみれば、少なくとも半数=50%(もっと多いと思いますが、余裕を見て。クリニックでのきちんとした評価はまだしておりませんので、印象として)は寛解に達していると思います。また、残念ながら寛解に至らないにしても、つらい症状が少しでも軽くなる(治療反応性あり)のであれば、私は治療の意味はあると思います。まとめますと、臨床研究の限界を考えず、その結果だけをもとに「8割の患者に無意味」というのはあまりに極論であり、この言葉によって抗うつ薬が必要な方がくすりをためらってしまう、拒否してしまうことを私は大変心配しています。(本を売るためには、こういうキャッチーなフレーズがいいんでしょうね・・・やれやれ。)うつ病というのは本当に大変な病気であり、その苦痛を多く目にしている市井の医師としてこの問題に目をつぶるわけには参りません。専門外ではありますが、医学理論に反する「近藤理論」なるものにより、がんの治療を拒否する方が実際にいらっしゃるという話を聞くことがあります。幸い、私の所にいらっしゃる方はきちんと説明すれば大半の方はくすりの必要性を理解していただけますが(これは、ご本人がそれだけ苦しんでおり、助けを求めていることを意味していると思っています)、今後この「8割無意味論」が治療の妨げにならないことを切に願うものです。
おや、つい熱がこもって長くなってしまいました。「製薬会社の戦略論」「自死の記事について」が残ってしまいましたが、また項を改めて。なお、当稿は「ひとりごと」ですので、ここで議論を交わすつもりは毛頭ないことを付記しておきますね。ではまた。

コメント

  1. まねきねこ より:

    誰でも薬を飲まないで済むなら飲まないほうが良いと思うのですが、病気だから治療しなければいけない、その治療とは薬を飲むことなので、いかに自分に合った薬と巡り合うかが焦点になってくると思います。要するに、地球温暖化だしエアコンは体によくないからなるべくエアコンは使いたくないけれど、エアコンを使わないと熱中症になる危険があるから、適度に使うと言うのと似たようなものではないかと思います。以前、ガンできちんとした治療が必要なのに民間療法に頼って死んでしまった人の話が報じられたことが一度ではなかったと思います。どこからが病気なのか、グレーゾーンにある人ならともかく、病気であることを診断された人は適切な治療を受けるべきです。朝日新聞ですか。朝日は国民の信頼を損ねる大きな誤報をやりましたからね。あれから何を書いても朝日新聞は信用できないと思ってしまいます。謙虚さを持ち続けてほしいです。
     001は先生お好みのキャラでは?堀内正美さん、70年代版白い巨塔では里見先生を尊敬する純粋な心の若き医師を演じていらしたのに、いつの間にやら悪の親玉に。

  2. 横浜院長 より:

    まねきねこさん
    いつも含蓄深いコメントをありがとうございます。
    001、はいお好みだったのですがあっさり退場されちゃいましたね・・・。
    実は死んでいなかったパターンをちょっと夢想しております(^_^)。
    いやしかし、白い巨塔でそんな役どころだったとは知りませんでした(o_o)。