横浜院長のひとりごと

横浜院長のひとりごと No.391 古い薬について(4) 三環系抗うつ薬

横浜院長の柏です。早々に梅雨が明けてしまい、いきなりの猛暑ですが皆様いかがお過ごしでしょうか。私の実家(群馬県太田市)周辺は連日40℃程度の熱波に襲われていますが、6月はフランスなども熱波地獄だったようで、どうやら地球規模の課題のようですね。
さて、古い薬シリーズ、今回と次回で古い抗うつ薬である三環系、四環系抗うつ薬についてお話しましょう。図は左から、定型抗精神病薬のクロルプロマジン(コントミン®)、三環系抗うつ薬のイミプラミン(トフラニール®)、四環系抗うつ薬のミアンセリン(テトラミド®)です。
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連載初回にもお話しましたが、定型抗精神病薬であるクロルプロマジンも図のように三環構造を持っており、三環系抗うつ薬であるイミプラミンと極めて構造が近いことがわかりますね。この時代は、こうした構造を基本に薬剤開発が行われてきており、多くの三環系、次いで四環系抗うつ薬が発売されました(表参照)。今回は、三環系抗うつ薬を代表するものとして、イミプラミン(トフラニール®)、クロミプラミン(アナフラニール®)、トリミプラミン(スルモンチール®)、アミトリプチリン(トリプタノール®)、そしてノルトリプチリン(ノリトレン®)の5つを取り上げることにします。
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現在の抗うつ薬ですと、SSRIはセロトニン系、SNRIはセロトニン・ノルアドレナリン系、などと(それも根拠十分とは言えませんが)分類しますが、かつて(三環系が主流の頃)は、ひとつの基準として図のKielholz(キールホルツ)の模式図がありました。これは、抗うつ薬の作用を①意欲亢進・抑制除去作用②抑うつ気分改善作用③抗不安・鎮静作用、の3つに分けて、それぞれの抗うつ薬の特徴を表したものです。薬理学的根拠に基づくわけではありませんが、実臨床にあった内容で私は重用していました。定型抗精神病薬の基本となるのがクロルプロマジンとハロペリドールだったように、三環系抗うつ薬の基本となるのはイミプラミンとアミトリプチリンです。Kielholzの図を見ると、イミプラミンは抑うつ気分改善作用が強く、意欲亢進・抑制除去作用と抗不安・鎮静作用は弱いながら存在することがわかります。対してアミトリプチリンは抑うつ気分改善作用と、それよりやや弱い程度の抗不安・鎮静作用を有することがわかります。このため、抑うつ気分の強い定型的なうつ病にはイミプラミン、不安焦燥が強いうつ病にはアミトリプチリン、というのが標準的な治療方策でした。参考までに、当時の参考書の記載を抜粋引用してみます(文献:抗うつ薬の選び方と用い方、渡辺昌祐・横山茂生、新興医学出版社)。
イミプラミン:三環系抗うつ薬の基本型で、抑うつ気分除去、意欲亢進を促すが鎮静作用は少ない。意志や行動の抑制作用の強いうつ病に奏功する。
アミトリプチリン:強力な抗うつ作用と抗不安、鎮静作用を持ち、不安、緊張、焦燥感の強いうつ病には有用である。1980年WHOが選択した必須薬260種類のうち唯一の抗うつ薬(精神科関連薬剤は6種類とのこと)。

Kielholzの図では、横軸は効果の強さを示しており、これによるとイミプラミンに比べるとアミトリプチリンの抑うつ気分改善作用は弱いように見えますが、実際には遜色ないというか、ケースによってはアミトリプチリンの方が強力に抗うつ作用を持つこともあります。アミトリプチリンは、うつ病・うつ状態のほかに末梢性神経障害性疼痛という保険適応も有しています(さらには夜尿症への適応も)。痛みが困りごとの方は精神科領域でも結構いらっしゃいますが、SNRIであるデュロキセチン(サインバルタ)とともに疼痛への効果が期待できる薬です(当院でも著効している人がいます)。
次に兄弟薬として、イミプラミンの弟分であるクロミプラミン(アナフラニール®)とトリミプラミン(スルモンチール®)、アミトリプチリンの弟分であるノルトリプチリン(ノリトレン®)についてお話しておきましょう。こちらも、先の参考書の記載を抜粋します。
クロミプラミン:ノルアドレナリンよりセロトニン取り込み阻害作用が強い。抗不安、抑うつ気分の改善、意欲の促進がみられる。不安、焦燥の強いうつ病から、抑制の強いものまで有効。強迫症状を伴ううつ病に対しては特に有効である。
トリミプラミン:強い抗うつ作用と、レボメプロマジンのような鎮静作用を有するので、激越性うつ病に有効。
ノルトリプチリン:抑うつ感情、意志、思考の抑制に奏功する。

クロミプラミン(アナフラニール®)はKielholzの図ではイミプラミンと区別がつかないのですが、実際はセロトニン作用から、当時は強迫性障害に対して唯一効果が期待できると言ってよい薬でした。現在でも、この薬は強迫性障害ではSSRIが効かない、あるいは使えない場合には重要な選択肢です。また、点滴製剤があるため、重症うつ病で外来フォローが必要な場合には、当院でも点滴を行っています。点滴の効果については、エビデンスが十分とは言えないのですが、(そして点滴という行為そのものの効果も大きいでしょうが)急場をしのぐには有益な薬だと思います。
トリミプラミン(スルモンチール®)は図の通り抗不安・鎮静作用の強い薬で、クリニックでは不安焦燥が強く入院が必要だがすぐに入院できないような場合、個人的には第一選択です。いっとき発売中止になりそうな雰囲気があったのですが、命をつなぐための大事な薬です。販売が塩野義から共和に変わったようですが、絶対に残しておいてほしいと願っています。
ノルトリプチリン(ノリトレン®)は図の通り、意欲亢進・抑制除去作用に優れます。この作用が一番強いのは図でMAO-Iと書いてあるMAO(モノアミン酸化酵素)阻害薬です。かつて日本でも、サフラジン(サフラ®)というMAO-Iが発売されていました。しかしこの薬は食品中のチラミン(チーズ、赤ワイン、チョコレート、漬物などに含まれる)に反応して高血圧を起こすことから現在は発売中止となっています。MAO-Iについてはいろいろ興味深いこともありますので、いずれまた書きましょう。さて、ノルトリプチリン。うつ病の基本症状は抑うつ気分と興味喜びの喪失でして、後者の興味喜びの喪失(あるいは低下)はなかなかやっかいな症状です。本来楽しめることが楽しめない、というなかなかつらい症状ですが、ノルトリプチリンは三環系抗うつ薬の中ではこの部分への効果が期待できる薬です。神経伝達物質でいえばこの薬はセロトニンよりもノルアドレナリンの再取り込み阻害作用が強いことが知られており、そのことがこうした効果と関係しているものと推察されます。
今日の一曲はシューマンです。ピアノソナタ第2番ト短調、この曲はマルタ・アルゲリッチの情熱的な演奏が一番ですね。ではまた。

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