横浜院長のひとりごと

横浜院長のひとりごと No.389 古い薬について(3) 続・抗精神病薬

横浜院長の柏です。16日(木)〜18日(土)に福岡で日本精神神経学会の学術総会があり、私は今年もシンポジウム参加予定であることから、この期間お休みさせていただきます。とくに、金曜は医師全員不在のためクリニック自体休診となります。いろいろご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします。
先日まで読売新聞「医療ルネサンス」で「発達障害の人と暮らす」というシリーズが掲載され、私も取材に応じました(第6回)。以前No.178No.337でもお話したような内容です。その後、反響編でも取材を受けました。新聞に載っちゃうと新患希望が増えるのですが、ちょうど学会前で私の新患枠がなかなか作れない状況にあります(私の場合、再来患者さんが最優先で、合間に時間が十分取れたところに一週間前に新患枠を作ります)。私を希望される場合は相当お待ちいただく状況がありますので、ご了承のほどよろしくお願い申し上げます。
さて、古いお薬シリーズを続けましょう。定型抗精神病薬、前回は定番であるCP(クロルプロマジン)とHP(ハロペリドール)、そしてLP(レボメプロマジン)とプロペリシアジンについて話しました。今回は、それ以外の定型薬について独断と偏見で(^_^; 斬って行こうと思います。
チミペロン(トロペロン®)、ブロムペリドール(インプロメン®)
ブチロフェノン系でHPの兄弟たちです。1995年発売のトロペロンはHPより強力という触れ込みで、注射もあったのでかつてはトロペロンの静注ってよくやりましたね。しかし結局はHPがあれば事足りるかな、と処方しなくなっております。1986年発売のインプロメンはHPよりちょっとマイルドで副作用も少ない的な触れ込みで、1988年に研修医を開始した私の周囲では新薬としてよく使われていましたが、結局HPとの差別化が難しかったんじゃないでしょうか、インプロメンは一昨年に発売中止、現在はブロムペリドール後発品のみとなっています。私も現在は前職の大学病院から継続して担当している方にしか処方していないですね。
モペロン(ルバトレン®)、ピパンペロン(プロピタン®)、スピペロン(スピロピタン®)
先のチミペロン同様・・ペロンで終わる3兄弟。ブチロフェノン系になります。ルバトレンはですね、かつて週1勤務していたアンシュタルト(単科精神科病院のことを昔はよくこう呼びましたが、今はどうなんだろ)の外来患者さんでルバトレンじゃなきゃ効かない!って方がいらして、病院中でたしかその方だけのために入荷してました。当時ですら極めてマイナーな薬で、その後2010年に発売中止となってます。彼女どうしたんだろ…といまだに気になっています。プロピタン、スピロピタンはまだ売ってるみたいだけど、サーセン使った記憶ほとんどないです。
フルフェナジン(フルメジン®)、ペルフェナジン(ピーゼットシー®)
これらはフェノチアジン系、CPやLPの姉妹たちです(なんとなく、HP系は男性的、CP系は女性的なイメージ…勝手なイメージですが)。前回お話したとおり、CPにはゆるんだ自我をまとめ直す、紡ぎ直すような働きがあります。フルメジン、ピーゼットシーも似た働きを期待して使いますが、CPよりもう少し賦活効果があります。とくにピーゼットシーは、言い方が悪いですがちょっと色っぽくなるような、表情や行動の変化が起こる方があります。フルフェナジンはデポ剤(持続性注射剤)があります。デポ剤とは一度注射すると2〜4週間(最近は3ヶ月のも)体の中でゆっくりと放出され、その間服用をしなくても効果が続くという注射剤のことです。現在はリスパダール・コンスタ®、ゼプリオン®、ゼプリオンTRI®、エビリファイLAI®といった非定型抗精神病薬のデポ剤が中心ですが、私が研修医の頃はHPのデポ剤であるハロマンス®、そしてこのフルフェナジンの2週間持続性注射剤であるアナテンゾール・デポー®の2種類しかありませんでした。何年かして、4週間持続するフルデカシン®が発売され、今日もこれとハロマンス®は使用可能です。
ゾテピン(ロドピン®)、スルトプリド(バルネチール®)
抗躁効果(躁状態への効果)が特徴的な2剤。躁状態に対して、現在のガイドラインはアリピプラゾールやオランザピンなどの非定型抗精神病薬が第一推奨となっていますが、これらがなかった時代、われわれが病棟で一番よく抗躁剤として使っていたのがこの2剤、とくにロドピンはルーチンで使っておりました。その薬理作用はユニークなものです。ロドピンは、ドーパミンD2のみならずセロトニン2A, 2C, 6, 7などにも強い作用を持つマルチターゲティングな薬です。そのためか、抗躁作用もほかの薬のように鎮静をかけるというのはちょっと違った味わいで、自然に、しかししっかりと落ち着いてくる印象がありました。早く登場しすぎた非定型抗精神病薬といっても過言ではないでしょう。米英豪など主要国で使われていないため、研究結果に乏しいのが残念です。けいれんを起こしやすい点は要注意。
ネモナプリド(エミレース®)、モサプラミン(クレミン®)
微笑みレース、なんてキャッチコピーで1991年発売のエミレース。エミレーツ航空とは関係ないです(笑)。後述のスルピリドと同じベンザミド系で、ドーパミンD2に加えてD3にも親和性が高いというのが当時の売りで、私もいっとき、入院患者さんで既存薬で症状が残っている方にかなりの数処方したことがあります。D2作用が強いのでHPとそう変わらないのですが、一部こちらで元気になった方もあり、私の中では効果を期待できる薬です。クレミン…うーんこっちはほとんど処方してないな。パス。
スルピリド(ドグマチール®)
ベンザミド系で、前回の図にも出てきましたね。薬理学的にはかなり純粋なD2阻害薬なのですが、実はD3にも同様に作用しまして、実際の作用はかなり特徴的です。もともとは胃薬として開発されたくすりなのですが、その後抗精神病薬として、そして抗うつ作用をもつ薬として精神科領域で広く使われてきました。実際の作用は、
極少用量(50-150mg): 胃薬として作用
少用量(150-300mg): 抗うつ作用
大用量(300-1200mg): 抗精神病作用
といったところでしょうか。この薬の一番の特徴は、このように少量と大量とで作用が異なることです。少量で抗うつ作用、大量で抗精神病作用、というと思い出されるのがアリピプラゾール(エビリファイ®)ですね。この薬は、1-3mgくらいの少量を抗うつ剤に付加投与すると、すっと元気になる作用が期待できる一方、24mg-30mgなど大量に使うとしっかりと抗精神病作用や抗躁作用を発揮します。アリピプラゾールはドーパミンの部分アゴニストでして、少量ではドーパミンの放出を促し、大量ではそれを抑制します。スルピリドの薬理作用はストールの教科書によると「低用量では選択的D3作用により陰性症状やうつ病に対して有効」とありますが、「低用量では部分アゴニストとして働く」ともあり、アリピプラゾールと薬理学的にも似ているのかも知れません。本当のところはどうなんでしょうね。スルピリドは古い薬であることに加えて米国や豪州などでは発売されておらず、あまり研究されていないというのが実態です。現場では大量での抗精神病作用を期待して使われることはあまりないと思われ、主にうつ病圏の患者さんでSSRIなどの一般的な抗うつ薬に反応がよくない場合に代替薬として使用されます。この薬の大きなデメリットとしてプロラクチンというホルモンを上昇させやすいことがあります。プロラクチンは、授乳時に上昇するホルモンでして、女性の場合に無月経や乳房の張り(これは男性でもあります)、乳汁分泌などの副作用につながることから、とくに若い女性の場合は使いにくいところがありますし、定型抗精神病薬の常ですが最近は一般的にはあまり使われない薬です。個人的には、昔からこの薬に助けられた(この薬しか効かない)うつ病の方を診てきている経験上、うつ病診療でははずせない薬と考えています。
なお、米国や欧州ではこの薬よりも、兄弟薬であるアミスルピリド(本邦未発売)がよく使われています。
ピモジド(オーラップ®)、オキシペルチン(ホーリット®)
ちょっと毛色の変わった抗精神病薬たちです。オーラップは賦活系といわれ、上記ピーゼットシーなどと似た感じで表情を明るくしたり、活動性が上がったりする効果が期待されます。一方で小児自閉性への適応もあり、リスパダール、エビリファイが出る前はたしか自閉症に使える唯一のくすりだったものですね。こちらは、衝動行為を抑えるために使われることがメインでしたね。心電図のQT延長など伝導系への副作用があり、そのためSSRIなど併用できない薬がたくさんあるという注意が必要なくすりでもありました。残念ながら昨年3月で販売停止となってしまいました。
ホーリットはセロトニンとよく似た化学構造を持つインドール化合物で、ノルアドレナリン放出を促進して最終的に枯渇させ、ノルアドレナリン遮断作用を発揮するとか(参考:抗精神病薬の選び方と使い方、渡辺昌祐ほか、新興医学出版社)で、ほかの抗精神病薬とは作用が異なり、効き心地もひと味もふた味も違います。英語版Wikipediaをみると20mgで抗不安効果があると書いてありますね。知りませんでしたが臨床経験には合っていますね。日本語Wikipediaには項目がないマイナー薬ですが、独特の効き心地があり、私としては最後の切り札的に使ってきました。実際、他の定型抗精神病薬で効果不十分だがホーリットに救われた人はそこそこいます。問題は、ロット不良から先日来市場から消えてしまっている(数名の方を他剤に変更せざるを得ませんでした)ことでして、アルフレッサファーマさんしっかりして!このまま販売中止とかいうことのないように、よろしくお願いしますよ!!
ふー、書き出したら長くなってしまい、学会準備も重なって超遅筆になってしまいました。ほかにもメレリル®とか抜けてますけど、発売中止ずみですし今回はご勘弁を。こうして並べてみると意外と賦活系というか、自我障害や陰性症状に効果を期待できるものがそこそこありますね。ジプレキサ®に代表される非定型抗精神病薬のように明確に陰性症状を改善するのとは違うのですが、独特の味わいがあり、これらの定型抗精神病薬の特性を理解して上手に使い分けるのが、かつての統合失調症(いや、精神分裂病と呼ばれた時代ですね)治療の達人だったように思います。錐体外路系や抗コリン系など、目につく副作用が多いことは大きなデメリットですが、非定型抗精神病薬でもメタボ系などの定型薬にはない新たな副作用もあり、個人的には切り札の一つとしてこれからも上手に使っていきたいと思っております。
今日の一曲はラフマニノフの前奏曲作品23-5ト短調を、ニコライ・ルガンスキーのライブでどうぞ。中間部の盛り上がりが素敵です。ルガンスキーはモスクワ在住のロシア人で、今春来日予定がキャンセルされています。戦争と音楽、なかなか難しいテーマですね。ではまた。

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