横浜院長の柏です。ラグビーで新開設のリーグワン、私が子どもの頃から応援している(このあたりはこちらをどうぞ)パナソニックワイルドナイツが初代王者となりました。おめでとう!しかし、ずっとわが故郷の群馬県太田市が本拠地だったのが最近埼玉に移転したばかりなのに、「初代王者埼玉!」と書かれるとなんかモヤりますねぇ…。群馬ワイルドナイツに栄光あれ。
さて、今回から抗精神病薬と抗うつ薬における「古い薬」について各論的なお話をします。私はそこそこ使っているので私の外来通院中の方は「私のおくすりだ!」となるかも知れませんね。一方で、若い精神科医の先生たちはあまり使った経験がないかも知れません。今回は、そうした精神科医の先生方も読者としてイメージしつつ書き進めて参ることにします(基本はあくまで通院中の患者さん向けですが)。まずは抗精神病薬から始めましょう。
抗精神病薬。読んで字の如く「精神病」に抗う(あらがう)薬ですね。メジャー・トランキライザーとも呼ばれます(最近この単語使わないですね)。基本的には統合失調症の薬ですが、最近はより広い適応があります。精神病というと、幻覚・妄想・精神病性興奮や混迷といった、いわゆる陽性症状がまず思い浮かびます。陽性症状、および陰性症状についてはこちらをご参照ください。
古い薬、すなわち定型抗精神病薬は、まさにこの陽性症状をコントロールする薬といえるでしょう。定型、つまり「型にはまった」もの。これに相対する言葉は「非定型」。新しい抗精神病薬は非定型抗精神病薬と呼ばれます。ここでちょっと前回の訂正がありまして、前回新しい薬を1999年のSSRI発売以降と書いたのですが、この時点で私の頭の中には抗精神病薬の新しいムーブメントは2001年発売のセロクエル®(クエチアピン)・ジプレキサ®(オランザピン)からという認識でおりました。後で述べますがこれらの薬は上記の陽性症状のみならず陰性症状にも高い効果があることが革命的でした。しかし、分類上は最初の非定型抗精神病薬は1996年発売のリスパダール®(リスペリドン)となります。この薬は分類上はSDA(セロトニン−ドーパミン−アンタゴニスト)と呼ばれ、セロトニン系にも作用することで副作用が少なく、陰性症状にも効果があるという触れ込みですが、個人的には副作用は定型抗精神病薬より少ないものの、陰性症状への効果は、ないとは言いませんがセロクエル・ジプレキサには遠く及ばず、個人的には陽性症状のコントロールで使うことが多いくすりです。また、統合失調症以外に「小児期の自閉スペクトラム症に伴う易刺激性」も保険適応となっています。いずれにせよ、目立って困る行動のコントロールでよく使われる薬です。
おっと話がだいぶそれました。定型抗精神病薬の話に戻しましょう。このグループの代表格は、教科書に載っている歴史的薬物、クロルプロマジンとハロペリドールの2大巨頭です。まずはこれらの薬からお話しましょう。
前回お話したとおり、抗ヒスタミン薬(アレルギーのくすり)として開発されたクロルプロマジン(以下、CPと略記)は、1952年にラボリらにより人工冬眠麻酔に使用されたが、同年ドレーらが統合失調症、躁病などの精神疾患に用いて著効があることを報告した後、抗精神病薬として広く使われるようになりました。CPはフェノチアジン系と呼ばれる化合物の一つで、その後同系の抗精神病薬がいろいろと上市されました。次いで開発された(1958年)のがブチロフェノン系の化合物、ハロペリドール(以下、HPと略記)です。開発したのは有名なポール・ヤンセンで、彼は後にリスペリドンも開発しています。
抗精神病作用はドーパミンD2受容体の遮断作用と相関が高いことが知られていますが(Seeman, 1975)、下図の通りHPはかなりD2遮断作用に特化した薬なのに対して、CPは他の受容体にも幅広く効果を持ちます。その結果(なのかどうか本当のところはよくわかりませんが、俗にいわれていることとして)HPは幻覚・妄想などの精神病症状に効果が高く、CPはもともと麻酔科領域で使われていたように、とくに急性期では鎮静を期待して使われることが多かったと思います。
(Owens DC, 2018)
30年余り前に私が都立松沢病院の精神科救急病棟で研修医をしていた時、統合失調症の救急入院での約束処方がありまして、コントミン®(CP) 300mg+セレネース®(HP) 9mg+アキネトン®(ビペリデン)3mg /分3 というものでした。アキネトンは副作用止めですね。この病棟は措置入院などの超急性期を受ける病棟でしたので、CPで十分な鎮静をはかり、同時にHPで十分な抗精神病作用を狙った処方となります。現在の非定型抗精神病薬を用いた急性期の薬物療法からすると過剰鎮静ですが、当時としてはこれに電気けいれん療法を組み合わせることにより、急性期の患者さんに高い治療成績を上げていました。それは、外来だけという特殊な環境で研修医をスタートした私には、大変貴重な体験だったのです(このへんの事情はこちらで)。
CPは、このように大量では鎮静薬となりますが、少量(12.5-100mgくらい)ではより多彩な効果を発揮します。発病当初の自我が揺れて危うい状況を救い、思考や行動のまとまりを回復させます(注記:定型抗精神病薬は陰性症状、認知症状には効きにくいことになっていますが、CPは使いようによっては一部回復させる力を持っていると思います。ただ、薬物自体の持つ抗コリン効果などにより、ぼぅとなりやすいなどのマイナスもあります)。このあたり、抗精神病作用に特化している感の強いHPと比べても治療者の腕の見せどころみたいなところがあって、個人的にCPは思い入れのあるくすりです(といいながら、最近はあまり処方していないなぁ)。CPと同じフェノチアジン系の薬物で、より鎮静作用が強いのがレボメプロマジン(略称LP、商品名ヒルナミン®、レボトミン®)です。CPも不穏時、興奮時などとして頓服処方することがありますが、頓服としてはより鎮静の強いLPを個人的にはよく使います。こちらは今でも、(保険外適応となりますが)統合失調症に限らず衝動性の高い状態で頓服処方していますね(5mg, 25mg錠をよく使います)。もうひとつ、LPと似たくすりにプロペリシアジン(商品名ニューレプチル®)があります。昔は他社からアパミン®というのもあったはずだけど、いつの間にかなくなったみたい。こちらも衝動性の高い方の鎮静目的で今でも処方しています。錠剤が5mg, 10mg, 25mgとあるので使いやすかったりします。
最近はなるべく鎮静をかけないというのが精神科救急のニュースタンダードではありますが、臨床場面ではどうしても一時的に鎮静が必要な場面はあります。現在のくすりであればオランザピンやクエチアピン、アセナピンあたりを使うところでしょうが、それらを使いにくいケースもあり、治療薬の選択の幅は広くて悪いことはないと考えています。
ここでCPとHPという2群という見方を現在のくすりに(強引ですが)当てはめてみると、CPの薬理学的特徴はマルチな受容体に作用するところであり、これはMARTAと呼ばれるオランザピン、クエチアピンなどが近いように思います。一方でHPはD2受容体に特化した薬物であり、しかし現在の薬ではD2だけというものはなく、D2とセロトニン受容体の両者にバランスよく作用するSDA(代表はリスペリドン)と呼ばれる薬物が近く、D2パーシャルアゴニストであるアリピプラゾール(エビリファイ)とブレクスピプラゾール(レキサルティ)もターゲットはD2とセロトニン系なのでこれに類すると考えられます。
まとめると、
CP→MARTA(オランザピン、クエチアピン)など
HP→SDA(リスペリドン)、D2パーシャルアゴニスト(アリピプラゾール、ブレクスピプラゾール)など
私の中では、なんとなくこんなイメージで研修医時代以来の薬物療法の歴史を自分の中で紡いでいます。
定型抗精神病薬はまだまだありますが、次回まとめてお話することにしましょう。今日の一曲は、スペインの名曲、タレガ作曲「アルハンブラ宮殿の思い出」を名手アンドレアス・セゴビアのギターでどうぞ。ではまた。
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