横浜院長の柏です。4月に入り、新年度。学年や部署が変わったり、また緊急事態宣言が明けてもとの仕事パターンに戻ったり、いろいろと変化の多い時期です。気候の変化も大きく、この時期調子を崩す方も少なくありません。体もこころも、春モードに切り替えていきましょう。桜見ましたか?
さて、先週末の学会で学んだことをツイートしたところ、一番反響が大きかったのが宮尾益知先生が話された、ADHD治療薬ごとの違いについてでした。やはり、実際に使われている方々やそのご家族にはとても気になるテーマなのでしょうね。宮尾先生は小児科医で、子どもを中心に大人まで幅広く診察されており、確かな観察眼から鋭い分析をされています。今回は、宮尾先生はじめこれまでお聞きしたいろいろな先生方のお話、ストールの精神薬理学、そして自分の経験などを元に、この3剤についてまとめてみることにします。
まず、ADHDの脳では何が起こっているのかについて考えてみましょう。その筋ではTriple Pathway ModelとかDefault Mode Network仮説とか、仮説はいろいろあるのですが、今回は一般の方々向けに、もっとざっくりとした説明を行うことにします。かなりアバウトですので、精確性を求める方は成書をご参照くださいね。また、今回は進化精神医学の立場からADHDを位置づけた話になりますので、いろいろなたとえ話が出てきますが、決してADHDの方を批判するものではありませんので、よろしくご理解のほどお願いいたします。
ヒトの脳は、大雑把に言うと本能を司る脳幹(爬虫類脳)、情動などを司る大脳辺縁系(哺乳類脳、旧皮質)、知性などを司る大脳新皮質(霊長類脳、新皮質)に大別される、というのがマクリーンの三層構造説です。内から外に向かって、脳が系統発生に従って進化した痕跡ですね。
ADHDとは、一言でいうと新皮質と旧皮質のバランスが取れていない状態です。「新皮質(理性)が旧皮質(情動)をコントロールする」というのが現代社会で求められる大人としての振る舞いですが、旧皮質が不安定で新皮質がその暴走を止められない、あるいは新皮質の働きが落ちて旧皮質が暴走してしまう、というのがADHDの病態です。シビリアン・コントロールが効かなくなり軍事政権が暴走している東南アジアの某国、というのはイメージ悪いかなぁ(ごめんなさいね)。そのため、ヒトの社会的場面において、注意力散漫、落ち着きがなく動いてはいけない場面でも動いてしまう、衝動的な行動・発言、といった哺乳類脳優位の言動をしてしまうのです。これは、例えばサバンナで暮らす哺乳類であれば、敵から逃げる、あるいは獲物を捕まえるためには考えるよりまず本能レベルで動くことが重要であり、この哺乳類脳がしっかり働くことが生きていくために必須条件となります。どんな環境に生きているかによって、必要とされる脳の働きは変わってきます。ADHD脳は、食うか食われるか的な世界では有利だが、現代社会では不利に働くと考えられるのです。
さて、クリニックでのADHDをはじめとする発達障害の治療とは、実生活における困りごとについて発達特性との関係を分析し、いろいろな工夫を相談することで少しでも困りごとを小さくすること、いろいろ不便だけどなんとか現実社会と折り合ってやっていくやり方を考えていくこと、そんな地味なプロセスです。とくに成人になってからはじめて受診される場合(当院ではこのパターンが多いわけですが)、特性自体は幼少からずっとあったはずですから(診断基準ではADHDの場合12歳以前からあることが必須)、これまで特性がありながらもなんとかやってきたわけです。そうした努力を称賛しつつ、それでもカバーできないことについて客観的な視点から協力していくのです。
ちょっと大げさに書くならば、間違えて平和な時代に生まれてきてしまった「さいきょうのせんし」(世が戦時中なら最高の武勲をあげられたであろう)の暮らし方を考える、そんなイメージでやっていきます。なので、治療とは特性を「なくす」とか、「矯正する」ということでは決してないことを強調しておきます。
ただ、あまりに現実社会とのギャップが大きい場合、近眼の人がメガネで視力を向上させるようなイメージで、薬物療法を導入します。
ADHD治療薬は、前述のように低下している新皮質の働きを高める、あるいは不安定な旧皮質の働きを調整する、といった形で効くと考えられます。
現在わが国で投薬可能なADHD治療薬は4種類。コンサータ(メチルフェニデート徐放錠)、ストラテラ(アトモキセチン)、インチュニブ(グアンファシン)そしてビバンセ(リスデキサンフェタミン)です(カッコ内は一般名)。このうち、ビバンセは18歳未満のみで投薬が認められていますので、現在成人期ADHDで使えるのはコンサータ、ストラテラ、インチュニブの3剤のみとなります。いずれもADHDに見られる不注意、衝動性、多動性について明らかな効果を持ちますが、どういうメカニズムで効いているのかについては、本当のところはまだよくわかっていません。各薬物についていろいろな仮説がありますが、3剤に共通するのは上記の新皮質、より詳しく言うと前頭前皮質という、ヒトにおいて最も進化している脳部位において、ドーパミンあるいはノルアドレナリンの働きを高める、というメカニズムです。
ここで、ドーパミンとノルアドレナリンについて説明しておきましょう。われわれの脳は世界最高峰のコンピュータですが、その実態は神経細胞(ニューロン)の集まりでして(ほかにもグリア細胞という重要な住人もいますが)、その情報は神経細胞内では電気信号によって伝えられています。しかし、神経細胞と神経細胞の間にはつなぎ目があり(シナプスと呼ばれます)、そこでの情報伝達は化学物質によって行われます。そこで登場するのがノルアドレナリン、ドーパミン、セロトニンなどといった神経伝達物質です。われわれ精神科医が主に使う向精神薬と呼ばれる脳に働く薬物は、多くがこれらを調節することにより主作用を発揮すると考えられています(このあたりも、仮説に過ぎないといえばそうなんですけどね)。統合失調症に効果のある薬物は基本的にドーパミンに作用します(ドーパミンD2受容体を遮断する)。うつ病に効果のある薬物は、セロトニンやノルアドレナリンを増やすものが中心です。そしてADHD治療薬は、前頭前皮質でノルアドレナリンあるいはドーパミンの働きを高める作用が共通する、というのは前述したとおりです。
ノルアドレナリン、ドーパミン、セロトニン。これらは、三位一体となって精神活動をコントロールしているのですが、この中でもADHDと関係の深いノルアドレナリンとドーパミン。実はこの二つは兄弟みたいな関係にあります。
この図にあるように、必須アミノ酸であるチロシンの代謝産物がドーパミンでして、さらにその代謝産物がノルアドレナリン、さらにその代謝産物がアドレナリンとなります。ドーパミンとノルアドレナリンは、-OH基が一つあるかないかというわずかな違いの兄弟関係にあります。セロトニン(こちらも必須アミノ酸であるトリプトファンの代謝産物)とはちょっと距離があります。
こちらの図は、それぞれの神経伝達物質の働きが落ちたときに見られる症状の概念図です。ノルアドレナリンでは「意欲の低下、興味の喪失」、ドーパミンでは「楽しみの消失」とあります。ニュアンスは違いますが、「行動につながる力の源」という意味ではこの両者は近しい関係にあるのです。この「行動につながる力」をうまくコントロールすることが、ADHD治療薬の主要な働きと考えられます。
うーん、一般向けに簡単に、と思ったのですが重厚長大になっちゃってるなー(汗)。それぞれの薬物の効果、違いについては次回以降にお話しますね。
では今日の一曲。ちょっと趣向を変えて、クラシックギターの名曲。カタルーニャ民謡「聖母の御子」を、名手アンドレス・セゴビアの編曲そして自演でどうぞ。この曲も昔、NHK-FMのなにかのクラシック番組のテーマ曲だったはずなんだけど、どの番組か調べてもわかりませんでした(泣)。ではまた。
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