横浜院長のひとりごと

横浜院長のひとりごと No.346 軽症化

横浜院長の柏です。感染拡大が続いております。皆様マスク、石鹸で手洗い、三密回避をしっかりと励行して参りましょう。
さてこの私、最後の昭和卒、かつ私が研修医の頃はインターンとかなくていきなり精神科医になったこともあり、精神科医としてのキャリアはちょうど平成◯年と一緒、もうすぐ33年になろうとしております(厳密には、留学中は研究のみなので30年ちょい)。この間、精神疾患の軽症化ということがずっと言われてきたように思います。今日はこの「軽症化」について、自分の経験から感じることを書いてみましょう。
研修医2年目に勤めた都立松沢病院の救急病棟では、なかなか強烈な統合失調症(当時は精神分裂病でしたね)や双極性障害(同じく躁うつ病)の方がいらっしゃいました。卒後10年目から勤めていた滋賀医大では、閉鎖病棟で措置入院も取っていたこともあり、ここでも激しい症例を経験しました。卒後13年目に移った東京医科歯科大、ここは開放病棟ということもあり、私自身はこのあたりから担当する患者層という意味では軽症化の方向にあったように感じます。卒後21年目から現在のクリニックなので、閉鎖病棟→開放病棟→外来専門という流れでは担当患者さんが軽症化するのは当然、とも見えます。しかし、時々お手伝いしている横浜市救急での措置診察でも、たまたまなのかここのところはパーソナリティ障害圏の方が続いていて、いわゆる激烈な精神病症状、という方にはお目にかかれていません。クリニックでも重症のうつ病の方はいらっしゃるし、また急に重症になる方もないわけではないですが、個人的には、全体としてなんか軽症化してるなーという印象はあります。まあしかし、個人的経験だけでこうしたテーマを語るのはリスクがありますね。医療界でも軽症化という言葉はよく聞かれるのですが、実証的なデータはあるのかなあ?
「軽症化」というのとはちょっと意味が違うところですが、発達障害についても時代の変化の影響がいろいろあります。今月と来月で発達障害の講演会を5回引き受けているワタクシですが、卒後21年目の当院着任前には発達障害の「は」の字もない状態で診療にあたっておりました。今にして思うとあの方はASDだったかな、とか思うこともあるのですが、当時は大学病院であってもそういう視点を持たずに皆、診療にあたっていたと思います。発達障害という言葉すらあまり意識することなく、自閉症とADHDという概念は小児精神医学の研修の中であったものの、それらは別の世界のものであって、一般の精神科臨床で出会うのは、たまに成人された自閉症の方を親が連れてこられて、福祉のための診断書を作成することくらい、という印象でした。それが当院に赴任以来、横浜市発達障害者支援センターはじめ、多くの福祉機関からご依頼を受けることもあって、今では外来のかなりの割合で発達障害の方がいらっしゃる状態となっています。
さて、発達障害の方は増えているのか?現実の患者数が増えているのにはおそらく二つの意味合いがあって、一つは診断技術の問題で、これまでそうした視点で診ていなかったことから見逃されてきたであろうこと。そしてもう一つは、実際に診断される方の実数が増えてきている可能性です。ちょっとややこしいですが、この後者「数が増えている可能性」も実はその中にさらに2つ可能性があります。つまり、「実際に数が増えている」可能性と、「数自体は変わらないが、その中で困って受診を余儀なくされる人が増えている」可能性です。これらは、どれも「あり」だと思います。数については、アメリカCDC(厚労省みたいなもんですね)のデータで、ASDは2000年には150人の子どもに1人だったのが、その後年を追って増え、2014年には54人に1人まで増えています。日本を含め各国でそのような「増加」を示すデータが得られており、診断基準、診断の均質化の問題はあるものの、増えていること自体は事実と思われます。また、社会構造の変化、非正規化や効率化などに伴い居場所を失った方が、福祉や医療を求めて来院されるようになったであろうことは容易に想像されます。ASDのスペクトラムとして見た場合には、より「スペクトラム(色)の薄い」方が、社会の変化により受診を求めるようになってきた、という意味ではこれも一種の「軽症化」なのかも知れません。ただ、ASD(ADHDなどもそうですが)の場合、「色が濃い」方のほうが困り感が強いかというと、必ずしもそうではありません。色が濃くて小さい頃から困りごとが多い方(「自閉症」)の方は、小さい頃からそうした療育の軌道に乗っており、本人も親も将来ある程度先の見通しを持っています。しかし、子どもの頃は「ちょっと変わっているけど勉強はできる」お子さんの場合、大学入学あたり、あるいは就職したあたりで困りごとが出てきてはじめて受診されます。この場合、よい大学に所属・卒業しているなど、本人、親、周囲の期待が高いことがあり、現実とのギャップに皆が苦しむことになります。このように、色が薄くても困りごとは大きいことが臨床の現場ではよく見られ、一言「軽症化」で済ませられる問題ではないことがわかります。時代の変化、社会の変化。こうしたことも見据えて、しっかり診療を行っていかなくてはなりません。
では今日の一曲。久々に診察室でのリクエスト。Kさんのリクエストは、シューベルトの幻想曲ヘ短調D.940、リクエスト通りエフゲニー・キーシンとジェームズ・レヴァインの連弾、カーネギー・ホールでの録音でどうぞ。いかにもシューベルト、という渋い名曲です。しかし、レヴァインは私の中では指揮者のイメージしかなかったのですが、ピアノ上手くてびっくり。ではまた。

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