横浜院長のひとりごと

横浜院長のひとりごと No.037 名曲喫茶

hitori37-c.jpg横浜院長の柏です。皆さん名曲喫茶ってご存じでしょうか。行かれたことはありますか。
私がまだ研修医の頃、吉祥寺病院という病院に毎週出稼ぎに行っておりました。その帰り、吉祥寺の街中にある「こんつぇると」という名の名曲喫茶に立ち寄るのが当時の一番の楽しみでした。繁華街の中の蔦の絡まる一軒家。古い、アール・ヌーヴォー調の内装で、モノーラルの大きなスピーカーが一つ。一人がけのテーブルが並び、いつも見る顔ぶれが各々自分の時間を楽しんでいます。というのも、ここは談話禁止。誰もが静かにクラシック音楽を楽しむためだけの空間です。ショパン、ブラームス、モーツァルト・・・。豊かな時間がそこでは流れていました。残念ながら、通い始めて一年くらいで「こんつぇると」は閉店になってしまいましたが、懐かしい、私の青春の一ページでした。
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なかなか「こんつぇると」のような空間にはその後出会えていませんが、折に触れて名曲喫茶に行くのが私の楽しみの一つです。今でも月に一度は文京区で仕事をしているのですが、今月も「麦」で昼食と珈琲をいただきました。「麦」は本郷三丁目の駅前にあります。昔はこの看板は橙色だったはずですが、色が薄くなったのか、今は白ですね。 階段を地下へと降りると、 私が大学生の頃とまるで変わらない空間が待っています。 ただここは談話禁止ではないので、この日もおばちゃん二人が大声で話していて興ざめでした。
御茶ノ水には、「ショパン」があります。ここも小さな名曲喫茶で落ち着ける空間です。先週焼けちゃった「かんだやぶそば」の向かいにあります。
ほかにも、駒場にいた時は渋谷の「ライオン」、小平の神経センターにいた時は国分寺の「でんえん」、滋賀にいた時は京都の「みゅーず」。その時その時で、私の近くには名曲喫茶がありました。今回調べて、「みゅーず」も閉店になっていることを知りました。残念です。
hitori37-b.jpgさてわが横浜ですが・・・、西口にはかつて50年の歴史を持つ「名曲喫茶横浜田園」というのがあったのですが、閉店して今はマイアミガーデンになっています。おそらく横浜(いや、神奈川も?)では名曲喫茶は絶滅したのではないかと思われます。どなたか、まだここにある!という情報をお持ちでしたらお教え下さい。
どこにもないなら、最後はみんなで作りますか。就労継続支援事業所・名曲喫茶「こんつぇると横濱」。うん、悪くないねぇ(^_^)

コメント

  1. むぎママ より:

    名曲喫茶、話には聞いたことがあったのですが今でもやってらっしゃるお店があるんですね。
    モーニング無料やら小倉トーストやら独特の喫茶文化が発展した某県生まれの者としては逆にこういった純粋に心地良い空間を提供する喫茶に良さを感じたりするものです。
    そういえば我が家の近くでも就労継続支援B型の事業所さんが喫茶スペースを昨年はじめまして、時折訪ねてはのんびりさせてもらったりしています。
    そこを見てて障害者の就労支援と喫茶には親和性があるなと感じますし、先生のアイデアも実現されたら素敵だな~!と私としては思います( ・`ω・´)ゼヒゼヒッ

  2. 横浜院長 より:

    むぎママさん
    奇遇にも「麦」ママさんですね・・・。
    某県の喫茶文化はすごいですよね。クリニック近くの北幸にもコメダができましたね。メタボの今となってはちょっと行きづらいところではありますが・・・。
    応援されると本気になっちゃうからこわいですね。本当に作っちゃおうか>当院ワーカーどの。

  3. 横浜院長 より:

    ええと、写真は3枚とも「麦」のものです。

  4. まねきねこ より:

    確かに、本郷界隈は味わいのある喫茶店が多そうですね。学生街といえば喫茶店。なのに、私が通っていた大学の近くには喫茶店が一軒しかなく、しかも学生の懐には贅沢で、あまりなじみがありませんでした。大体、東京の私大生の華やかな生活ぶりを外国の出来事のように聞いていましたものです。それでも、自然に恵まれていたので、特に5月は緑を渡る風と小鳥のさえずりが森のシンフォニーを奏で、紙パックの飲み物でも充分でした。秋になれば哀愁のメロディー、粉雪ふぶく冬のソナタはいただけなかったなあ~。そういえば、木の葉のざわめきを聞かなくなってどれくらい経つだろう?と思います。え?あのコメダがついに横浜に!先生、メタボ気にし過ぎじゃないですか?って、他人には言えるんですよね、これが。

  5. 陽子 より:

    閉店間際の「こんちぇると」で2年半ほど働いておりました。
    名物マスターのS津さんに大変お世話になったものです。
    亡くなった後の追悼パーティーには大勢の顧客の皆さんが集まり、初めて声を出して語りあいました。
    伝票の裏やリクエスト曲、ワザと置き忘れた詩集、がコミュニケーションの全てでしたが必要にして十分。不思議な空間でした。
    もう四半世紀のかなたであります。

  6. がんちゃん より:

    横浜喫茶田園を検索していたら貴殿のホームページにたどり着きました。
    思い起こせば昭和43年に、静岡から男女4人で田園に来たことが有ります、たしか店内は螺旋階段が有り、ガラス張りの中でDJがお客のリクエスト曲を読み上げ、店内で流しておりましたね、因みに、この時のリクエスト曲がビージーズの{マサチュセッツ}だと記憶しています。こんな喫茶店今の時代に有ってもいいですよね。余りにも時間の余裕の無い時代になってしまいました。

  7. 横浜院長 より:

    陽子さん
    管理者ではないので、今頃書きこみに気づきました。遅くなり申し訳ありません。
    おお、こんちぇるとで働かれていたんですね!
    きっと私のオーダーを取っていただいたこともあるのでしょうね。
    またあの空間でブラームスを聴きたいものです。
    がんちゃんさん
    田園情報ありがとうございます。
    実は私は横浜は新参で、ここは外から見ただけで入る機会がなかったんです。
    しかし、ビージーズということはクラシックの名曲喫茶というわけではなかったのですね。